ブログを始めた理由(序)

私が初めて兵器というものに視覚的に触れたのは、幼稚園児のころだった。両親はいわゆるブルーワーカーであり、トイレで自分の尻すら拭けなかった間は学内の託児所に預けられることが常であった。友人というものも特にできず(というより、私がアウトドアを好まない性質だった)昼休みは図書館に足繫く通った。さて、話を戻そう。私は四歳児のころ、隣の市の幼稚園に転校した。両親の都合で引っ越したのだ。そして入園の手続きが終えるまで、かなりの日数を家具が配置されたばかりの新居でぐうたら過ごすことになった。ある日、父が引き出しの奥から青のPS2を引っ張り出してくるまで。父が少年時代のそれを母と二人三脚でTV裏へコード接続するのに、1時間(或いは40分程度)はかかったと思う。当然、カセットも保管されていた。今となっては、当時の自分の膝元に並べられたそれらを全て記憶してはいない。しかし、中学に昇ってもハマっていた作品があった。”PANZER FRONT Ausf.B”だ。ゲームカタログ@Wiki では「3年間待ったファンを失望させ、シリーズを終了させた」と中々な言葉で評価を受けている。しかし、ほんの幼稚園児であった当時の自分にはTVゲーム機そのものが未知のものだった。今でもよく覚えている。英語なんて当然読めなかったため設定から基本操作、その他に至るまで全て父にセッティングしてもらった。
砂漠が一面に広がるマップが液晶に映りこんだ。初めて乗り込んだ戦車は操作開始から10分で撃破された。三号戦車G型で巡航戦車Mk.ⅣとBedfordトラックから構成された英軍を蹴散らすのは爽快だった。そこから間もなくして、地平線の向こうからマチルダ歩兵戦車の戦列が重い腰を上げるように、のっそりとした速度で戦線に現れた。最高時速24km/h、正面装甲75mmの戦象のような戦車であった。射距離があるほど砲弾の威力が減衰するなんてことも知らず、シュトリヒの頂にマチルダを載せて、がむしゃらに砲撃した。こちらは5~7発も命中弾を正面装甲に叩き込んだというのに、マチルダは蚊に嚙まれた戦象のように前進し続けて、次の瞬間には発砲してきた。こちらの三号戦車はあっとう間に3発もの砲弾を撃ち込まれた。二発目で後退が突如止まり、三発目でハッチが黒煙を噴いた。しばらく啞然とした。今思えば、思考が停止したのはそれが人生で初めてだったのかもしれない。マチルダを撃破できたのは、それから数えて9回目のリプレイのときだ。マチルダの憎たらしい英戦車の独特なシルエットから黒煙が上がるいなや、私は思わずガッツポーズした。人生初のガッツポーズである。その後、二号戦車で阿鼻叫喚するのは別の話。つーか阿鼻叫喚しかしてねぇ。






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